アジアの風に恋をして

ラオス人は?!


 本紙の七月二十四日号、「マリアの悠々日記(VOL・十八)|御出身は?」の内容は、興味深く読めた。それで、関連付けてこの原稿を書いた。筆者の高橋マリアさんに対しての意見の問合わせではない。

 私は、二十数年前三年間ラオスの首都ビエンチャンにいた。一九七五年からは社会主義政権国家になったラオス。自由主義圏の外国人を寄せつけない陸の鎖国状態を続けてきた。が、市場経済の波は、いやでも開放を迫りASEAN加盟も果たしたことはご存知の通りである。

 いやいやこんな文を書くつもりでない。話を戻そう。高橋さんは次のように書いている。

 「東北地方以外の出身のタイ人は何となく東北地方出身のタイ人をバカにしているように感じることが多い。‥‥特にバンコクに住んでいるタイ人は東北地方出身者を「田舎者」と考えている人が多い。‥‥『こんな色の黒い子はイサーンにきまっている。彼女は実はラオスなんだよ』と言ってみんな大笑いして、言われた本人も『やめてよ、ラオス人なんて!』といって大騒ぎになる‥‥」

 「うーん、確かに(高橋さんの)書いてある事例はその通りだな」。

 私は、タイ人=注、この場合はバンコク育ちの人=ラオス人に対する一般的イメージを高橋さんの表現の中に見出す。

 私が昨年のピーマイ時にビエンチャンに遊びに行った時だった。秘書が、「エッ!ラオスですか?」一瞬驚いた様子であった。なんでそんなところへ、マレーシアやシンガポールならわかるけどといった風であった。

 「何もないところへ行っておもしろいですか?」といった問を口にしてきた。私は、この時もタイとラオスは親戚同然と言われているがその実は違い理解されていない遠い外国同士なのだ、と認識を新たにした。 この例は、二十数年前にビエンチャンからバンコクに遊びに出てきた時にも〃バンコクッ子〃から、「田舎の国によく住めるね」とか「何を食べているの」といった、まるで異星の国の思いで見られてる自分を知った思い出がある。

 飲み屋の女の子やキャディと話していて、出身がわかってくる。「イサーン」や「コンラオ」や「肌がシーダム」といった会話内容からラオ族系とわかってくる。大体が歓楽街に生きる女たちの多くは東北部一帯の出身者が多いようだ。ラオ語が頻繁に飛び交う。私がラオ語をはさみでもすれば、一瞬「エッ!」とした(この旦那さんなんでラオ語を知ってるの)といった驚きの様子。が、途端になごみと〃同族意識〃の雰囲気が流れる。しかし、周囲の〃バンコクッ子〃からは、ラオ語を話す〃田舎者〃と決めつけられる。これは事実である。それにしてもである。高橋マリアさんの書く、「やめてよ、ラオス人なんて!」との決めつけを頭に持ちつづけているタイ人が現実であることをどうとらえていったらいいのでしょう?   

(OVTAタイ事務所所長)
開原 紘


[BANGKOK SHUHO]