アジアの風に恋をして

携帯電話


 インドネシアのスハルト大統領を退陣に追い込んだ学生と市民の民主化要求デモは、なんとか最悪事態は避けられた。在インドネシア在留邦人もまた元の職場に戻ってきている。OVTAの派遣事業でインドネシア各地の日系企業にいる能力開発のための研修従業員二九名余も緊急避難で一時日本に帰国した。が、「五月の末の週から六月一週目にかけ事態の沈静化に伴ないそれぞれの任地に戻っています(OVTAインドネシア巻木駐在事務所長)」。

 巻木所長から当時のあわただしい数日間の様子を電話で聞いた。一番苦労したのが、各地にいるOVTA派遣の研修従業員への緊急連絡だったようである。電話もFAXも相手が受信してない時の〃あせり〃はかなり神経にこたえたようだ。その一方で携帯電話は、威力を発揮したとのことである。暴徒の焼き打ちがジャカルタ市内でも見られるようになった頃、私がかけた電話先は巻木所長の待つ携帯電話だった。「大使館とも日本人会とも携帯をつけっぱなしですよ」。ジャカルタの空港で長時間日本行きの搭乗待ちをし、くたびれきった所長の声を聞いたのも携帯の電話であった。

 私は、OVTA本部からの指示もあり早速タイ事務所でも緊急連絡網を作った。現在、タイ国にはOVTA関係の能力開発派遣従業員は三三名余り。私は緊急連絡網を作るうえでインドネシアの事例を参考にして携帯電話の所持のある無しを派遣従業員に確認した。十七名が自分用の携帯を持っていた。

 インドネシア暴動の話とは違うが、「携帯のある無し」でなるほどと思うケースをバンコク近郊の縫製事務所で能力開発の訓練をしているOVTA派遣の従業員の一人から聞いた。

 事件は、夜九時頃「そごうデパート」近くの高架鉄道の橋梁工事現場下で起こった。Sさんら同乗の部下の日本人運転の走行車に鉄筋が落ちてきてフロント部分に突き刺さるハプニング。幸いにも誰一人ケガはなかった。警察に連絡するのに役立ったのが車に備え付けの携帯電話だったとのこと。また、上司がタイ語がかなり出来たことも集まってきた野次馬や通報で駆けつけた警察官らとの現場でのやりとりをスムーズに処置できた要因だったようである。オートバイ警察官の先導するなか、鉄筋の突き刺さったままの状態の車で警察へ事情聴取に向かったそうである。Sさんは、これを契機に携帯電話を購入したと私に言った。

 日本では、やたらめったら携帯を皆が持ち皆がかけあっているようだ。最近の新聞で読んだが、コンサート会場や会議場にかかってきた携帯は受信出来ないよう装置が開発されたとか。半年前一時帰国した折り、JRでも私鉄でも車内放送で携帯使用のお断りを何度も聞いた。当地も景気低迷に関係なく若者を中心に携帯所持のファッション化が見られる。映画好きの私が頭にくるのが、上映中に突然鳴り出す他人の携帯の呼出し音、続いて始まる「ハロウ」の第一声。せめて映画館や劇場の中ではOFFにして下さい。

 携帯が身に迫る緊急用に使われないことを願いつつ、されど、おしゃべり、情報交換には必要なものなのでしょうねえ・・・・。

(OVTAタイ事務所所長)開原 紘


[BANGKOK SHUHO]