アジアの風に恋をして

アンコールの遺跡


 ポル・ポト元首相が死んだ先月十五日の数日前、私は、旅行でシェムレアップ市にいた。シェムレアップ市は、プノンペンから北西部およそ四十分のフライトにありタイ国寄りに位置する静かな田舎町である。ここは、シアヌーク国王の別荘がある。私が、当地に来た日も政府高官と思える一行が、パトカー先導で警備兵十名位を乗せて車列を組み静かなシェムレアップの町中を走るのを見た。ここから、二十分も車に乗ればアンコールの遺跡群である。

 今回の旅行の一つが、アンコール・ワットやトムの遺跡群を見ることだった。特別に人類遺産への興味とかということではなかった。あえて言うなら、死んだポル・ポトがクメール・ルージュとしてプノンペン政府軍と相対した内戦時に、二十代前半の一ノ瀬泰造というフリーのカメラマンが、クメール・ルージュによるアンコール遺跡群の占領状況をカメラで報道しようと一人潜行したものの、結局は、実効支配のアンコール・ワットを一枚もシャッターをきれずに〃戦死〃する不慮の死の悲劇を私は、頭の角に覚えていたからかもしれない。それで、そのワケ有りとなった遺跡を観光客として見られる今、見ておこうと思ったからである。それに、あと一つは、私の前の職場が、日本政府のインドシナ難民の定住促進を主たる事業としていたので、カンボジア難民からアンコール・ワットやトムの話をいつも聞かされており、チャンスがあったら一度行ってみたいと思っていたからだろう。

 十二世紀前半に造営されたアンコール・ワット(アンコールは都市、ワットは寺)は、ヒンズー教の寺院である。「寺院は、一番外側が幅百九十メートルの水濠によって囲まれている。その南北の長さは千三百メートル。東西は千五百メートルある。その水濠の内側に沿って回廊が設けられ、入口のある西側から入って参道を東へ進むと、第一回廊(南北百八十メートル、東西二百メートル)が現れる。(東南アジアを知る事典―平凡社)」

 第一、第二、第三回廊を上りきると地上六五メートルの中央尖塔を仰ぎ見る。回廊には、古代インドの叙事詩が精巧な浮彫で物語をつなげていく。回廊の壁面に彫られた女神は、千七百体以上あり目鼻立ち豊満な胸の浮彫は、カンボジア女性をよく表しているとも言われる。

 夕暮れ時、アンコールワットの四重、五重に見える尖塔の雄姿を見たくて近くの小高い山の頂きに立った。四割位の日本人観光客を含む外国人客が、百人余り来ていた。かすんだ夕陽に少し茜色に染まったアンコールの遺跡は、もやのかかった樹海の頭上高くその壮麗な姿を見せつけた。悠久の時が、辺りを包む。沈む夕陽とともにクメールのアンコールの大地に根づいた遺跡を、私は目に焼き付けた。     

(OVTAタイ事務所所長)開原 紘


[BANGKOK SHUHO]