アジアの風に恋をして

プノンペン雑感


 初めてカンボジア国に入った。仕事抜きの旅行だから楽しかった。これでラオス、ベトナム、カンボジアのインドシナ三国に足を踏み入れたことになる。プノンペン市に二日、シェムレアップ市に一日の短い滞在だった。言わずもがな、これでカンボジアを語れるものではない。が、ほんの少し〃カンボジアの風〃に身体をなでられた気がする。四十八時間の首都プノンペンの雑感である。

 「ホテルは、プノンペンの銀座と言われているところにあります。」

 空港に出迎えてくれた日本人旅行者のKさんが言った。確かに、市の繁華街地区は、七、八百メートル四方にわたり、六、七階建てのやや古臭いホテルがかたまって目につく。〃銀座街〃と言われているだけに洋品、電気、カメラ、日用品といった真新しい店が軒を並べ、レストランや〃夜総会〃もところどころにある。この〃銀座〃界隈の建物の様子は、かつて一九七五年の四月十七日、カンボジア内戦が終結しクメール・ルージュの戦車部隊が進軍してきた時の写真で見て私は覚えていた。二十三年振りに〃現場〃に立ち当時の五、六階建ての古い住居棟を前にして感慨を新たにした。

 東西南北に走る市の主要道路の幅は広い。往来する車、バイク、自転車、シクロと人の群れ。車といってもバンコクで目にする高級車は少ない。国連機関の旗と太い無線をフロント部分に取り付けた四輪駆動車がやけに目に入る。なにせ多いのは、ホンダのカブ・クラスのバイク。多くは、タイと同じバイク・タクシー業者が乗っている。違うのは、タイのような背番号羽織を着けてない点。それに、バイクに乗るほとんどの人々が、ノー・ヘルメツト。信号機は主要な角には置かれているのだが、守っている風には見えない。歩行者優先(?)は、ありがたい。横断するには、歩行者は止まってはもっと危険。ゆっくりゆっくり歩を進めることである。必ず、バイク、車が歩行者の身を避けなけながら速度を緩めて来る。が、同時にやかましいクラクションの洗礼も受ける。

 タイ文字似のカンボジア語の看板には、中国語も多く書かれている。そういえば、台湾からの観光客と思える集団を通りでやけに見た。ホテルの衛生テレビは中国本土のも入るし台湾のも見られる。因みに、タイの3、5、7といったチャンネル局も奇麗に出ていた。

 昼のムッとする暑さ、喧騒、仏領時代からの黄色地の古い建物、小汚さを見せるアパート群。昼の二時間位の〃シェスタ・タイム〃を除いて中心通りを休むことなく行き来する車、バイク、自転車、シクロと人の群・・・。私は、ベトナム・ホーチミン市のショロンの華僑街を思い出した。サイゴン時代にも行ったし五年前にも覗いた。あの一種独特の売り買いの商いの街、口にしたいものが何でもそろう街、金持ち乞食、戦争障害者あらゆる人の集まる街。車、バイク、シクロ、自転車、リヤカー、手押し車、どれもがせわしなく動く街。物と人が交流しルールがあってなきに等しい社会。

 私は、ここプノンペン市にショロンの街を重ね合わせていた。

 次号は、更に街に歩を進め、何かを発見していきたい。

(OVTAタイ事務所所長)開原 紘


[BANGKOK SHUHO]