アジアの風に恋をして

下痢して思う


 先月二回、かなりきつい下痢をした。大体、一日か二日、日本製の下痢止めの薬を飲めば、快方に向かうわたしの質であった。が、先月の二回は、初めのが一週間、後のが二日半日位の〃下痢日〃となった。その原因を考えてみた。

 まず、二月の始め、日本から四名のミッションが来ることになっていた。団長は、〃食通〃の方と聞いていた。それで私は、滞在中の食事をどのようにバラエティに富ませ満足してもらえるか、かなり神経を使っていた。そのミッションが到着する二日前から、私は腹の調子がおかしくなってきていることに気付いた。

 着く前日が、土曜日。病院に行くのも気が進まず下痢止めの薬を手にして、「快方に向かいますように」と祈って一気に飲んだ。「最悪の場合には、月曜日に事情を話し病院へ行かせてもらおう」と心に決めた。腹に痛みはないのだが、なにせゆるすぎる。〃ゲリクーパー〃であった(世代によっては、意味不明と思われるので少し説明を入れるが、昔アメリカの西部劇で二枚目俳優として知られた「ゲーリー・クーパー」という役者がいてその人の名前を〃下痢〃に当て症状の時に口にした)。

 ミッションの滞在期間は、四日間であった。私は、「食べては出し、出しては食べ」しながら、薬を日に三回とった。

 ミッションと三日目の会食の時、腹の調子がやや快方に向かう気配を覚えた。冗談的に、「今回は、神経を使いました」と言ったところ、「開原さん、私たちがいなくなれば、すぐ治るわよ」、と和気あいあいの雰囲気の食事となった。確かに、ミッションが去った後、信じられないくらいに、快調の胃袋を取り戻した。「神経性下痢」と誰かが口にしたが、本当だったのだろうか?

 後の下痢症状を続けます。

 夜遅く、ビールと日本製の殻付きピーナツを口にした。翌朝、お腹がゆるいのに気付いた。が、余り気にせずいつも通り牛乳を飲んだ。気安めに下痢止めの薬を手にした。日中は、バンコク郊外のシー・フード屋で海の幸を少し味わった。その夜は、レバニラ炒めとラーメン、ビールで腹を満たした。腹はやはりゆるゆるだった。その次の朝、いつものジョッギングに出るには、余りに腹の調子が悪すぎた。それで止めた。朝食は、コーヒー、トースト、生野菜少々それにフルーツポンチ類、すべて食べた。昼前にも数回はトイレを要した。昼食は、タイ料理の野菜とご飯それに玉子豆腐入りのタイ風味付けスープ。これも、無理して口にした。それから二時間後、少しずつだるさを覚え、冷や汗が額周辺に出始めた。急激な身体の火照りと冷や汗は、食中毒によくある症状。それで焦り出した。夕方、歩くのもおっくうなほど異常を感じた。それに、腹痛がある。「へたすると、今夜あたり緊急入院になるのでは?」、と不安を覚えた。秘書に症状を話すと、「今夜はなにも口にしないで下さい。今から薬用ジュースを買って来るのでそれだけ飲んで」と機敏な対応。本当に看護婦さんのように思えた。

 その夜は、七時には床についた。吐き気はないがだるく、時々腹痛が走った。朝になるまで三回はトイレに立った。が、腹の痛みは少しずつ消えていったので幾分楽になった。翌朝の朝食は無し。その代わり、秘書の用意した甘い粉ジュースをコップに入れ飲んだ。冷えた甘い味のそれは、おいしく感じた。結局、その日の夜は、だるさも冷や汗もなくただお腹がゆるいだけの症状に変わった。翌朝は、ほぼ快方の兆しを見せ収まっていった。

 この二回の、〃下痢騒動〃は、私に、日本でなら起こらない或いは起こってもたいしたことない症状が、南の国にいる以上、まして単身者だと意外と内的外的要因が加わり暴れ出すことを身を持って経験させてくれたものとなった。

(OVTAタイ事務所所長)開原 紘


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