人望厚い女医さんが お抱え運転手と結婚

世間の偏見に対し、「職業に格差は無い、愛する相手は自分で決める・・・」とキッパリ!

 ムクダハーン県ドーンターン病院の院長でもある女医のジャムニアンさん(愛称:モー・トゥ/三一)と同病院専属のドライバーであるウォーラサックさん(愛称:ポン/三六)は、「身分の格差」という世間の冷たい偏見にも負けず二人で生きていく決心をし、二人の息子にも恵まれた。

 しかし、二人の結婚生活にはその後も台風が吹き荒れた。

 女医のジャムニアンさんは、心ない人達から「プライドの無い女」と権威ある医師団に告げ口され、院長の役職を下ろされるというつらい目に遭遇。さらに、チャチャンサオ県のパノムサラーカム病院への転勤を命じられたという。

 この件について、ドーンターン病院の患者達からは、「非常に残念なことで、納得がいかない」との声が上がり、ついに今月二十八日、デーリーニュース紙は渦中の二人に独占取材を行うことになった。

 真の愛を貫いた勇気ある女医は、世間という台風に巻き込まれて疲れ果て、新しい地へと旅立って行くのか。

 まだ暗闇に包まれた二十九日の午前三時、村人達は大好きな女医さんとその家族六人の荷物をまとめ、十輪トラックとピックアップ、そしてミニバスの合計十台の車を引き連ねてドーンターン病院の社宅から新しい勤務地であるチャチャンサオ県のパノムサラーカム病院の社宅へと引っ越して行った。

 村人の中には泣き出す者も居て、患者達は皆寂しそうな面もちで女医さんの引っ越しを見送った。

 マスコミは、出発前の準備で忙しいジャムニアンさんにインタビューを行った。

 ジャムニアンさんは、「ドーンターンの村人や病院の職員達、そして思いやり深い患者さん達に感謝しています。患者の治療を行う際、ある時は思い切った決断をしなければならない様に、私自身が選んで来た道も正しい判断で決めたことだと信じています。治療においても、人生においてもあれこれ迷う事は出来ません。結婚に際し、仲間達や目上の方達からは反対されましたが、医師として法律に違反する事でもないし、別にモラルに反するとも思いません。大切な事は、誰もが自分の相手を選ぶ権利があるという事です。夫は本当に良い人ですし、家族をまとめるリーダーシップも持っています。結婚後、私達は多くのプレッシャーと闘って来ました。院長の夫にふさわしくないとして、何人もの人が夫の仕事を奪おうとしました。しかし、夫は真面目に仕事をこなし責任感もありますから、辞めさせる理由も有りません。どんな仕事をする人にもそれぞれのプライドが有り、それによって組織は成り立っていると、私は思っていますから。」と偏見に満ちた世間の人々に立ち向かうようにキッパリと言い放った。

 一方、他人から見ると、空に咲く花を運良く手に入れたと思われている、夫であり運転手でもあるウォーラサックさんは、「結婚前は単なる運転手で、上司に当たる妻がミーティングやセミナーに出掛ける時には私が運転する車に乗って行きました。何しろ上司だったので、なかなか顔を見る勇気が有りませんでしたが、たまには彼女の気分が良くなるように冗談などを言ったりしていました。でも、その時は恋愛関係になるなんて思ってもいませんでした。その後、あちこちから二人の仲が怪しいという噂が立ち始めたので、彼女の名前を汚すことになると困ると思い、私の両親に相談しチャチャンサオ県のパノムサラーカムに居る彼女の両親に会いに行く決心をしました。嫁を貰いに行くという気持ちだった私は、彼女のお父さんの最初の言葉に驚きました。お父さんは”私の娘は物ではありませんから、娘を下さいという言葉は使わないで下さい。もし、お互いに真剣に愛し合っているのなら、正式にお坊さんを呼んでタンブンを行い、結婚式を挙げて下さい。”と言いました。その後私達はドーンターン郡で結婚式を挙げました。」と結婚までのいきさつを語ってくれた。

 ドーンターン病院の職員の一人は、二人の愛について次のように話した。  「病院の中は、管理課、健康課、衛生課、そして治療課に分かれていて、治療課では七十人の関係者が働いています。ジャムニアン先生と一緒に仕事をしていたそれらの七十人の中には一人も問題有りませんでした。なぜなら、先生の患者に対する誠意は素晴らしく、治療を終えた患者の家に見舞いに行ったりもしていました。だから誰もがジャムニアン先生を尊敬していて、大好きなんです。しかし、他のセクションには先生の事を好きでない人も一部居ましたが・・・・。とにかく他の病院の医師達もこの病院に研修に来る程、ジャムニアン先生は評判が高い方でした。運転手のウォーラサックさんも、結婚後はタバコも遊びも止めて運転手の仕事を一生懸命やっていました。自分の立場をわきまえていて、決して威張ったりなどはしません。しかし年輩の人達からは、ジャムニアン先生と結婚したため彼には仕事を頼みにくくなった、という声もありますが」

 ドーンターン郡のガムナン(区長)であるブンラームさんは、「現在、世間の多くの人はウォーラサックさんがただの身分の低い運転手だと思っているようですが、このドーンターン地区の中では彼は決して貧乏人ではありません。彼のお母さんのヨートさんは、郡の中でも旧家の生まれで、千ライの土地を所有し、ドーンターン市場にはトゥック・テオ(ショップハウス)を持っていて人に貸しているなかなかの金持ちと言われています。ウォーラサックさん本人も大変良い人で社交的な性格です。もし、村の代表として立候補したら、多くの人達が応援するでしょう。お父さんのターボンさんは顔が広く、ラオスの人々とも良いコミュニケーションを持っている人です。村の人々はこの夫婦が大好きで、結婚式の日には、自分の部下と結婚する女医さんの顔を一目見ようと沢山の人が集まって来ました。彼女は我々の期待以上の素晴らしい女性でした。このドーンターンに嫁いで来たこの花嫁を、村の人はもとより、ラオスの人々まで信望を寄せています。私は病院の中を行ったり来たりしていましたが、ほんの一部の人達がジャムニアン先生の悪口を言っているようです。それに対して、ジャムニアン先生はやり切れなくなり、自分の故郷であるチャチャンサオの病院に転勤することを希望したのではないでしょうか」と語った。

 ウォーラサックさんの弟ウィスットさん(二九)は、「兄夫婦の記事がデーリーニュース紙に載ってから、沢山の人が関心を持つようになり、先日も三チャンネルのある番組から取材の申し出がありましたが、二人は現在チョンブリー県で心の傷を癒すための休養中ですので、何か有りましたらパノムサラーカム病院に問い合わせて下さい」と兄夫婦を思いやる気持ちを語った。

 そして二十九日の夕方、パノムサラーカムに引っ越し荷物が到着。ジャムニアン先生の父親であるアムヌァイさん(六二)が新居への引っ越しを仕切っていた。

 アムヌァイさんはマスコミからのインタビューに応じ、次のように胸中を語った。

 「まぁ、こんなことになって娘は可哀想ですが、一番心配しているのは孫達の勉強の事です」

 パノムサラーカム病院の院長・ナンポン医師は、「ジャムニアン先生本人の希望でこの病院に転勤することは、既に八ヶ月前には許可が下りていました。たぶん出身地に戻りたかったのでしょう。今後、仕事上に問題が起こるかどうかは、様子をみることにしましょう」と語った。


[BANGKOK SHUHO]