アジア大会元ヒーロー、重婚騒動
第2夫人、新聞社に訴え
三〇年前のアジア大会で、短距離競走の選手として活躍したアーナット・ラッタナーポン氏が、今再び世間を騒がしている。
今月二日午後五時、タイラット紙編集部二階にある「読者の相談窓口」に一人の女性が訪れ、公平な審判をしてもらえるよう訴えた。
訴えの内容は、二ヶ月前に夫に捨てられ、さらに夫には自分と結婚する以前に既に法的な妻が居た事が分かったというものであった。
その女性の名前は、ナパットソーンさん。バンコク都内サパンスン区ソイ・ラムカムヘン一二〇の住宅地ティティポーン2に住んでいる。
ナパットソーンさんは次のように話し出した。
「私はある銀行のラムカムヘン支店で役員のアシスタントをしています。陸軍秘書事務所に勤務するアーナット・ラッタナーポン陸軍大将の妻です。アーナットは、昔短距離の選手としても有名でした。タイの国民的選手だったアーナットとの出会いを話しましょう。昨年の終り、私はナコンナヨック県に住む友人を訪ねました。その時、アーナットはナコンナヨック陸軍予科・ナイロイ・プラチュラチョム9学校の体育部長でした。私は彼と運命的な出会いをして、その後すぐにお付き合いをするようになったのです。アーナットは男らしく、〃自分には結婚歴があり、子供も二人います。しかし妻とは既に別れました〃と話してくれて、離婚届も見せてくれました」
一つ一つの思い出をほどくように話を続けるナパットソーンさんは、さらに続けた。
「私は昔の事を隠さずに正直に話してくれた事に深く感動し、お付き合いを続けました。そのうち、プラチュアブキリカン県フアヒン郡に住む私の母親にも会いに行き、〃娘さんを頂きたい〃とのプロポーズを受けました。私は彼の誠実な気持ちを承諾し、今年の四月二十九日、ナコンナヨック県のバンナ郡の役所に二人で結婚届けを出しに行きました。そして、五月二日に私の実家で結婚式を執り行ったのです。その後、夫のアーナットの行動がおかしい事に気付きました。結婚してからというもの、地方に行く用事が多く余り家に居ないし、家族の面倒も、妻である私の面倒も見ようとはせずに生活費も渡してくれないのです。日が経つにつれて、夫には自分以外にも女性がいるのではないかという確信を持つようになりました。弁護士に相談したところ、国民登録課に電話で問い合わせてみるよう勧められました。なぜならば、結婚届けのリストが全て保管されているからです。調べた結果、夫は九一年に既に結婚届けを出していた事が分かりビックリしました。その後離婚した形跡もないのです。私は直ぐに自分も彼と結婚届けを出している事実を伝えました。その後、直接登録課に出向き、自分の結婚届けを見せて、同時に彼の記録のコピーを貰って来ました。それによると、夫は九一年にソムチットという女性と、私の時と同じナコンナヨックのバンナ郡で結婚届けを出していたことがわかったのです。私が毎日大切に大切にしていた結婚届が単なる紙切れであったことが分かり、またこの事は夫からは何も聞かされておらず、私との結婚は法的には違法である事に失望し、深く傷付きました。一緒に生活していても夫は全く無責任な行動をとっていたので、私は身も心も名誉もズタズタにされた思いで、アーナットとの離婚を決意したのです。彼はこの事が分かってからは家にも寄り付かなくなり、二ヶ月前には姿を消してしまったのです。今後どうするか、離婚届を出す為に何度も連絡を取ろうとしましたが、全く連絡不能の状態です。たまりかねて、彼の上司である陸軍司令官宛に秘書事務所を通して手紙を出し、アーナットにこの件に関して誠意ある態度を示して欲しいと訴えました。また、アーナットからは〃俺との事を誰にも言うな〃と脅迫されています。しかし、国家機関は、私が訴え出ても何の進展も見られないので、思い切ってタイラット紙に訴えることにしたのです」
アーナット陸軍大将は、三回続いてアジア大会の短距離競走で優勝し、タイの国民的栄誉に輝いた人物であった。
一九七〇年、バンコクで開催された第六回アジア大会で、四〇〇メートルリレーと二百メートル競走の二競技で金メダルを獲得。
七四年、イランのテヘランで開催された第七回アジア大会では、四〇〇メートルリレーと二〇〇メートル、そして一〇〇メートル競走で三個の金メダルを獲得。
また七八年、バンコクで開催された第八回アジア大会でも、四〇〇メートルリレーで優勝し金メダルを獲得した。
アーナット陸軍大将は、十二年間の間陸上競技のトラックと共に国民的選手として活躍、その後はタイ国に仕える一軍人としての人生を選んでいる。
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